一ヶ月のうちに書いた日記を、こうして月末にまとめて掲載することにした。フォーマットが決まっていなかったり、中身がシリアスだったりそうでなかったりする。実際には12月2日に公開したにもかかわらず「今月の……」と題しているのは、本稿をアップしたタイミングが11月30日の昼だったからだ。まあいいじゃんか、それは。どうせ公開日時の設定は後日変えるのだから、誰にもバレることはない。

 この日記はALTSLUMのどこかで不定期に書き続けてきたため、探せば同じものが読める。ただし現在は正確な内容を確認できない。11月分の日記は破壊されている。ここに掲載するものは編集済みのものであり、手が加えてあったり、抜け落ちた箇所がある。12月にも同じことが起きる。そういうことをだらだらとやる。

追記(2020/12/03 0:50): 誰にもバレないように公開日時の設定を変えた。


(2020/11/22 17:00)小学生の頃、授業でディベートをやったことを思い出した。題材は『うさぎとかめ』で、「途中で寝てしまったうさぎは咎められるべきか、起こさないでゴールまで走ったかめは本当に正しいのか」といったものだった。

 なぜか「うさぎ」「かめ」のどちらを応援するかで分断された教室で、私ともう2人のクラスメートは「かめ」を選んだ。約30人の子ども VS 3人の子ども。他の2人が何を話していたかは覚えていないし、おそらく語る言葉を持っていなかった。

 そこで私は「まずはルールを尊ぶべきだし、勝者を決めるならかめであるべき。うさぎはスポーツマン精神に欠けていた」と言うと、教師は「どうぶつがスポーツマン?」と笑った。「うさぎ」派のみんなも爆笑だ。二十数年が経った今も、なぜ笑われたのか想像できない。理由を聞いても「おもしろいね」「どうぶつがスポーツマンなわけないじゃん」と、要領を得ない返事しか与えられなかったことを覚えている。スポーツアニマルであれば良いのかというと、きっとそういうわけでもない。それから私は精いっぱい持論を展開してみようと試みたが、30人と3人によるディベートは事実上実行されず、公平なる教師によって、ただ封殺された。

 これは私にとって怒りと憎悪の思い出ではない。考えることがいかに重要であるかを学べた良い体験であった。ちなみに私の孤軍奮闘を鼻で笑い飛ばした教師は、数年後に女子中学生相手に痴漢をして捕まった。私はその話を聞いたとき、「そんなこともあるだろうな」と頷いた。その話を聞かせてくれた友人は「お前ならそう言うと思った」と言った。

(2020/11/23 11:30)とにかく毎日溜め息が出る。その理由のひとつに、一人称の問題というものがある。「私」「わたし」「あたし」「俺」「おれ」「僕」「ぼく」その他いろいろな一人称には、なんと書き手/話し手の性自認を固定する役割があったりする。そのため、ここでの私は「私」を選ぶ。「私」とは私が知る社会一般においてフォーマルな場での一人称とされていて、なんといっても性自認に関係なく使えるためだ。

http://d-mebius.com/gnosias/
https://globule.info/gnosia/

『グノーシア』というSFアドベンチャーゲームがある。おもしろいゲームです。主人公たるプレイヤーキャラの個性を自分で決められるのだけど、その性別の選択肢には「男」「女」「汎」とあった。「汎」とは、必要に応じて男や女の肉体に変化していく架空の性別だ。そんなの、選ぶに決まってるだろうと思った。それはパートナーにあわせて変化するかもしれないし、ただ生活環境によって変化するかもしれない。ゲーム内ではそこまで語られないが、私は「汎」への夢想が止められなかった。

私は幼少から今に至るまでの31年を男性として生きた。性自認について語るときには「男性で、ヘテロセクシャルである」と言うが、厳密には「今は男性で、今はヘテロセクシャルである」としたい。理解を得られた経験は少ない。しかし明日の私は男性と性行為をするかもしれないし、明後日は違うかもしれないという夢想は、捨てる必要がない。むろん「女性として女性と性行為をするかもしれない」という可能性だってある。私は幼少から今に至るまでの31年を男性として生きたためか、こういった話を真剣なトーンで、幼少から今に至るまでの30数年を男性として生きた人間に話すと、████████。

ところで、『グノーシア』はプレイヤーが選んだ性別によって難易度が上下することはない。性別によって難易度が変わるのであれば、スムーズに先に進むための「効率的な性別」として男/女/汎のうちひとつが取り上げられるかもしれない。一方、2020年の現実は性別によって難易度が上下する。そこには「効率的な性別」がある。ここで、幕の裏に引っ込めていた先ほどの溜め息が現れる。プレイヤーは様々な理由から性別を選べない(または、選ぶ際に膨大なリソースが必要になる)。つまらないゲーム。溜め息はステージの中心まで恐る恐る進んで、「はあ」とつぶやいて存在感を示し、再び舞台袖に消える。

いつか「汎」が現実に実装され、私が「俺」「私」「僕」を横断できる日が来るかもしれないのだけど(それが具体的になにを指すのかは知らんが)、そこで効率的なプレイを求めるつもりはない。ただ、が求めるでありたい。

(2020/11/24 15:10)引き続き、溜め息をついています。

(2020/11/24 15:37)ECDの曲に『関係ねーっ!』というものがあって、████████████████████████████████████████。

(2020/11/26 7:48)8月末から████████████、無職だ。3ヶ月くらい。それでも人生が明るくなったり、胸のつっかえが取り外されて陽になるわけはない。それはそうだ。そんなものだ。

 昨日なんか、寝る前に思い出してウワーッてなる嫌な記憶ランキングのベスト10のほぼすべてを振り返った。友だちと話していて口がすべり、私の主張とは異なる発言を自らしてしまったこととか、ライブ中に失敗したこととか、自分にとって大事な話がまったく理解を得られなかったこととか、見栄張って死んだこととか、付き合いきれないこととか、そんなものが並ぶ。

 逆に考えよう。寝る前に思い出してニコニコできる素敵な記憶ランキングベスト10。第1位はなんだろう。ところで第1位から始まるランキングのつまらなさと来たら、喩えるものが見当たらない。しかし第1位から考えてみたくなるものだ。どちらにせよ思いつかない。何かしらあるのだろうけど、出てこない。背筋が冷やっとするほど感動した経験、嬉しくて涙が出た経験、腹筋が痛くなるまで笑った経験、我ながら見事だなと自賛した経験、そういうのはたしかにいくつかある。あったはず。ないのか? あるよ。思い出せないだけだ。なんか、これってもしかしたら辛いことだよな。

 なんと、このままでは素敵な記憶ランキングを作ろうとする行為自体が、嫌な記憶ランキングにインしかねない。このまま筆を滑らせると、寝る前に思い出して悲しくなる出来事がひとつ増えることになる。それでもつるつる滑っていくところは、久々にプレイする初代マリオを彷彿とさせる。ブレーキが利かず、こんなはずではなかったと思いながら、私のマリオが生を受けて初めて見ることになるクリボーに衝突。「トゥエw」なんて効果音が鳴る。カスみたいな矩形波に嘲笑われる。人生って結構そういうものかもしれない。

 ていうか、ゲームの話ひとつとっても愉快になれない。「人生ってそういうものかも」じゃねーよ全然そうじゃない。「人生っていうのは、おいしいものを食べて幸せになることだ」みたいなさあ、孤グみてーなミクロから始める人生ポジティブ諦観が私はとても苦手で、じゃあ病院ではどうしていくんだよ人生終了かよって話だよ。こういう話を面と向かって言われたことはないけど、嫌のエミュレーションが詳細過ぎて、言われたことがある気すらしてきた。架空の嫌な記憶を自分に植え付けている。逆に考えよう。架空の素敵な記憶を自分で植え付けてみたらどうか? それが架空だと分かったとき、「架空の素敵な自分に植え付けていた」という嫌な記憶が生まれる。とっくに分かっていたが袋小路だ。

 袋小路であるのなら、いっそ逆に考えよう。ここで振り返って後ろ向きに歩もうとすると、なぜだか透明の壁に阻まれる。クリボーもいない。スクロールされてしまったので、先ほどの画面には戻れない。そういえば、叩き忘れたハテナブロックがあったな。キノコだか、コインだか、とにかく何が入ってるのかは忘れたけど、ほんとそういうものばかりで嫌になる。逆に考えよう。前に進むと……1-1ってパタパタは出なかったかな。出ないなら、クリアできるかもしれない。逆に考えると、できなくてもいいかもしれないな。でも、それって時間制限を待つだけのゆるやかな自殺行為に過ぎない。それならば、もう一度逆に考えよう。考えることをやめるっていうのはどうだろうか。これを試みたところ、不思議となかなか悪くなく、ようやく████が止まった。

(2020/11/26 14:27) 考え事をしながら寝て、さっき起きた。引き続き溜め息をついている。夢、ねーなあ。夢がない。ゆうくんは夢がないね。私はゆうくんではないのですが、夢っていうのがなんだか分からない。目標っていうのが分からない。

 この前、「なんとかジャンボ3億円に当たったらどうしようか」なんていうことを夢想した。そんな話がつまらないことなんざあ分かっているんすよ。それ以上に現実がつまらないのだから仕方がない。食べるものがなければ、アレルギー反応が起きる食べ物であろうと口に入れなきゃいけないから。そういうわけで、私は口の周りを真っ赤に腫らしながら考えた。3億円。贈与税とかは知らんが、どうだろうか。欲しいものってなんだろう。最近熱帯魚を飼い始めたから、新しい水槽欲しいなって思ったけど、部屋に置く場所がない。PS5もいらない。でかいし。おい、こいつはなかなかいいかもしれない。着眼点として。

 欲しいものがあるけど置く場所がないなら、引っ越せばいい。3億円もあるのだからいけるいける。しかし、部屋を片付けるのがだるい。それもお金で解決できるな? いや、別にいいかな。やっぱ面倒くさい。近所のスーパーから遠くなっちゃうし。お気に入りの喫茶店や雑貨屋さん、レコードショップ、本屋さん、そういうものと離れ離れになる。全部ウソだけど。そんなかわいいものが近所にあるはずがない。治安の悪いスーパーしかない。お気に入りの喫茶店はあったが、全席禁煙になったので行ってない。雑貨屋もレコードショップも、本屋もない。本屋がない街って終わってんな。やっぱ引っ越しが大事かもしれない。でも、めんどくせー。

 3億円。データで欲しいものっていうのは、ない。ゲームも別にいらない。Adobeの月額のやつも、フォトショがあれば充分。SpotifyとかNetflixとかU-NEXTって、せいぜい毎月1,000円か2,000円だし。ないない。サブスクが夢を破壊した。あーあ。Kindleで漫画を買うのはいいかもしれないな。てか、それなら紙の本が欲しいんだけど。この街には本屋がないし、Amazonで買ったってどうせ置く場所がない。

 ここまでで何文字書いたんだ? マジで3億円の使い道が思いつかない。使い道すら袋小路である。ふっ、ざけやがってよ。ああん? 外に出ないから、欲しい服もないし。部屋着かな。ジェラートピケを麺つゆで汚してえよな。████あっていいじゃん。ばってんジェラピケ全然着たくないが。

 いい加減に思いつけよ。3億円だよ。早く3億円でやりたいこと思いついて、1968年から50年以上が経った今、第2の3億円事件を始めたいの。第2の3。小学校の教室か? マジな話、子ども達に募金っていうのは、やりたいね。まさかそういうことを考えられる人になるとは思わなかったね。もうちょっと自分の物欲を解決する方向でいけないだろうか。クルマも時計もいらないしさ。そもそも遠くに出ないしApple Watch持ってるし。あ、MacBookは欲しい。結構欲しい。文章とゲーム制作にしか使わないけど。あと交通費にするわ。バス乗って、ちょっと遠くの喫煙可能喫茶店でMacBook開いてゲーム作んの。これは最高。決まった。いきますよ。

 3億円が当たったら、MacBookを買って、バス代と喫茶店代に使います。嘘でしょ。つまんなすぎ。私の夢、安すぎ……? 目が覚めるよな欲のなさ、それが一番、悲しいよ。これはアイドルオタクのコールです。爆笑。てか、3億円じゃ世の中は変えらんねえし。欲しい物体はないけど、欲しい社会はあるんだよな。ハー、つまんねーな。3億円。お前、使えないよ。帰っていいですよ。さようなら。

(2020/11/27 14:45)大盛り、麺硬め味の濃さふつう油ふつう。いや、この2日くらい、ほんと無理で。マジいろんなことに疲れたので家系ラーメンを食べに行って。ファットまっしぐらの設定で、うおりゃあって言いながら、ガガッって食べて。それは良かったんだけど、別にめちゃ元気が湧いてきたわけでもなくて。孤独だけどグルメじゃねーなって。

 このままではだめだって思って、帰る前に喫煙可能喫茶店で2013年に買った古いザコMacBook Pro開いてゲーム作るやつやって、煙草吸って。コーヒー飲んで。なんとかジャンボ3億円に当たったらやりたかった夢をたった2,000円くらいで叶えたんですけど、思っていたように、感動するほど嬉しいものではなかった。

 そもそも「嬉しい」という気持ちって、鳥肌が立ったり感動したりするような、大きな感情の動きでもないのか? 最近似たようなことをずっと考えていて、例えば私は、自分のことを敏腕ライターとか凄腕編集者なんて言えるほどの仕事なんかまったく出来てないんだけど、世の中で「敏腕ライター」「凄腕編集者」と呼ばれる人々っていうのも、私が想像しているものよりつまらない記事を作っている可能性がある。

 次の例はなんの職種でもいい。「この人はこの職場で20年間も戦ってきたベテランだ」という言葉を聞くと、Wowスゴいですねなるほど含蓄のある雰囲気だなあ、なんて感じることもある。だけどその人っていうのは、意外と「近所を散歩する犬を20年間くらいチラチラ横目で見ながら仕事をしてるフリをしてただけの人」なんて可能性がある。そしてその可能性っていうのが、結構濃いものなんじゃあないかって思うことがある。これを私は、「みんな意外と大したことやってないんじゃないか現象」と呼んでいる。呼んでいるっていうか、そのものだ。通称でもなんでもなかったね。

 要するに、たまには自分を過大評価してもいいんじゃないのか、ということかな。つまんねー話、なにこれ。「ありのままの自分」級。うるせー。つまんねーし、うるせー。どうだっていい。カス。自己啓発本以下。そう、自己啓発本の作家とかもこの枠なんですよな。ですよな? 「数々の業界をリードしたビジネスマンに聞く、仕事×生活の理想のバランス」とかさ。大したやつじゃないかもしんないじゃん。犬見てるだけかもしんない。私のように、思い出したかのように家系ラーメンをガガッと食べて(RadioheadのCreepです)、ソーファッキンスペッシャルなんて自分に言い聞かせているだけかもしれないじゃん。嘘ついて、間違って、2たす2は5だとか言って、それでも見栄張ってるからバレてないだけ。そういえば私も嘘をついて見栄を張っていて、ラーメンはそれなりにおいしくて多少は元気出たし、小ライス(無料)も付け足していた。あと、別に隠してたわけじゃないんですけど、帰り道で散歩してる犬も見た。ふわふわのやつな。

(2020/11/30 17:26)ちょっとだけ溜め息が減りましたが、特に深い理由はありません。