『流行1スピアで面接受けた話』

 早川による今月の日記です。がんばりましょう。がんばらなくてもいいです。何をかっていうと、これからの生活のことです。私は下手なんですよね。枕の置き方とか、励まし方とか、そういうのが。ね~。


(2021/01/03 13:23)なんと新年だ。勝手に暦とか時間とかの概念をつくっといてキリが良くなったら「おめでたい」って言うのは、なんか卑怯じゃないか?

水の味の話

 新年とは関係なく、24リットルくらいの水槽の水を1/3くらい換えた。「水槽も大掃除だあ~」っつってガシャガシャやられたら魚も草もたまったもんじゃないだろなと思っていたので、いつものスケジュールどおりにやった。年末年始とかそういうのは知らない。

 私の家の水槽はハイタイプであり、縦に長い。設置場所から考えても点滴法というのが比較的やりやすいから、ポタポタと古い水を排出したり、新しい水を増やしたりする。点滴法というのを実行するときは、水の出るホースの先に口をつけて、一瞬だけ吸い込む必要がある。それがなにかっていうと、新しい水はともかく、古い水が口の中に入っちゃう場合があるということだ。下手くそなやつはそうなる。

 古い水には「アンモニア」「亜硝酸塩」「硝酸塩」などが含まれていると言うし、その濃度は水槽によってまちまちで、そいつらをどうこうするために飼育者たちはそれぞれ工夫をしている。アンモニアっていうのは排泄物とか余った餌とか、枯れちゃった水草の一部とか、そういうのが微生物に分解されたときに発生するそうだ。そいつがバクテリアっていう、そう悪くない生物に分解されて「亜硝酸塩」「硝酸塩」となるらしい。そして、「アンモニア」と「亜硝酸塩」は身体にとって毒らしい。

 結論から言うと、小さじ1杯分くらいは飲んでいる。水換えの度に毎回飲んでいる。その程度ならきっとまったく問題ないのだけど、「私は今、水槽の水を飲んでいるな~」と思う。特に今日なんかは、古い水がうっすらと緑がかっていていっそう不安になった。ミナミヌマエビとヤマトヌマエビが仕事をサボっているか、もっと良くない何かかもしれない。アマフロ(草)かアヌナナ(草)かもしれない。分からない。

 それでもきっと、今日から一週間後のこの時間になれば、私は水槽の水を一口飲んでしまう。その度に「水槽の水、飲んでいるな~」と思う。私は魚が好きだし、アジアクリスタルキャットがもう一匹落ちそうになったのをなんとか回復させたり、ベタが落ちたらマジで悲しくなりそうだから今のうちに覚悟をしたり、いろいろしている。それなのに、エビのことはちっとも好きになれない。私はあいつらに「仕事」を与えているという思想のもとで飼育下においているし、やはり魚と同じようには愛していない。ロボットのように扱っている。ただし、ここで重要なのは私はロボットのことがそこそこ好きであるということだ。

 機械にも権利を与えよとエビが反旗を翻し、その身体をくの字に曲げながらプラカードを掲げる日について考えると悩ましく、私は苦い顔を隠せない。かっぱえびせんのパッケージみたいになりそうだな。そういうことを考えながら年越しそばを食べた。おいしかったです。私はサイコだろうか。そいつは違うな。悩ましいな。そう考えている間にも、私の頭の中に住むローズウォーターさんは、知ってか知らずか「なんてったって、親切でなきゃいけないよ」と言う。親切とは何か。エビ、あるいはロボットに対して私は親切にできるのか。

 そういうことを考えながら餅を食べた。おいしかったです。ここでもしも餅が反旗を翻し、米の米による米のための政治を唱えるようになれば、それは米国の発生を認めることとなるのかな。つうか、今年も一年中こういうことばかり考えていくのかって思うと、ちょっと嫌んなるな……。

(2021/01/09 15:39)無職になって4~5ヶ月なので、さすがに仕事を探している。結構がんばって無職したと思う。

 フリーランスであればやりたい仕事をやりたいようにやれるので、信条に沿わないことは「やらない」とすることもでき、会社員は「やらないとは言えない」とされている。「とされている」だけであって、別にやらなきゃいいんじゃないと思うし、マジでやりたくないことはやらない不良社員がいたとする。それは結構、尊敬できる存在に近いんじゃないだろうか。実際たくさん見てきたから、職やポジションで個人の性質を決定するのはかなしいことですね。

 ですね~、ではない。そんな結論はどうでもよくて、前も書いたように私は「スターバックスに行く/行かないの選択だけでも主張になりうる」という考えを結構強くもっているので、お金つくり行為のイメージと信条のイメージを結びつける必要はない。自分の信条と反するような職業って実は存在しないし、その実体は「自分とは違う信条をもつ人が多そうな職業」でしかない。風俗の呼び込みするやつ(わたしは6さいなのでディテールがわからない)だって、自分の信条を貫きながら試みることは、可能だと思う。それはとても簡単なことではないというだけで、「職業」だけが人間のイデオロギーを左右することは有り得ない。そういうことを考えながら、求人広告を見ています。

 見ていました。引き続きそういうことを考えながら家から徒歩5分の企業で面接を受けて、自分のコミュニケーション能力の無さに驚いた。スーツを着てる人には毎度圧倒されるし、圧倒されなくても「私はそういうまともなやつではありませんので」感を出してしまう。担当者と出会って5秒で自分のステータスチェックが働いた。

 ただ、面接自体は結構おもしろくて、「人事の偉いひと」「全体的に偉いひと」「希望部署の偉いひと」の3人と話してるなかで、「希望部署の偉いひと」が自分のことを気に入っていることが分かった。私は自分の容姿やコミュニケーション能力に自信があるわけじゃないが、この手の年齢/性別/性格の人には気に入られる可能性が高いと気付いた。そこからのコミュニケーションというのはアイドルマスター シャイニーカラーズのオーディションとほぼ同じで、きわめて狭い場の流行に合った審査員を徹底的に落としにいくスタイルを選んだ。頭の中でトップアピールを獲得するとマスクの中でニヤニヤ笑えたので、撮れ高はあった。

 落としにいくっつっといて落ちるのは自分かもしれないが、なんかもうそれはそれでもいい。どうせ金もかかってないし、「スーツの人」についても考えを深められました。良い経験になりました! そんなことを偉そうにぶつくさ言う、古いノートパソコンを抱えたまま路地裏で死にそうな男がいたとする。キーボードを触ってもいないし、モバイルルーターとかも持ってない。そいつが尊敬できる存在かどうかはよく分からないし、究極的には決定できない。私は今のところ、「別にそういうやつになってもいいな」と思っている。その中身が「私が求める私」であればどうだっていい。そういうことを考えながら、求人広告を見ている。いや~~~。な~んかダメそうだな~~~これは。

(2021/01/11 9:42)「人間が終わったときに生まれる情報」について考えていることを忘れたらだめだ、と思ってこれ書いてる。いつにもましてなぐり書きだ。たとえば、トランプは大統領じゃなくなる前にとんでもない痕跡を残しているし、菅だって半年後には「コロナと国民の間で板挟みとなった不遇の総理大臣」なんて悲劇的に扱われるかもしれない。

 任期者から多少飛躍するけど、人間が死んだときのことを想定する。人間AAAAの死(死亡、葬式、その後の法要など)から「AAAAのように生きるのはかっこわるいことだったな」「AAAAのような信念を持つことは素晴らしいことだな」という情報を受け取る人は、一定数存在する。AAAAの死を噛みしめるというのは、生前のAAAAを噛みしめることだ。

 自分が生きている間にどのような信条を持ち、どのように他人と関わっていくのか、最終的にどうなっていくのかということについてのビジョンなんか、もちろん持っていない。でも、「私(任意の享年)」がどういう人間だったのか参照されたとき、誰かの自由や尊厳を損なわせたり、頭を抱えさせるようなことは、なるべくしたくない。それを「死んじまったんだから仕方ない」とするのは、あまりにも無責任だ。

 自分だけが都合良く生きられればそれでいい、という生き方は、終わったあとも気持ち良くない……みたいなやつを、さっき思いついたという話だった。まとまる気がしね~~~な。

(2021/01/12 14:03)案の定まとまってない。ALTSLUMで書こうと思ってた文章だって2本溜めてるしな~~~~。~~~ん。「~~~~ん」ってマジ全然声に出して読めねえな。そういうの流行りそう。知らんが。

(2021/01/17 21:57)うおおおああああ。新年とは関係なく、唸っています。このように文字で「うおお」などと書くことの虚しさったら、筆舌に尽くしがたい。書くことについて筆舌に尽くしがたいのなら、最初からやめちゃえよな。やめないけど。

死の話

 アジアクリスタルキャットがまた1匹☆になってしまったうああおお。12月24日から調子が悪く、身体が「く」の字に折れ曲がっていた。部屋のレイアウト的に大変だったので、水槽内に孵化用ボックスみたいなものを導入していた。水槽の中に小さい水槽がある感じで、だいたい3週間くらい延命したんかな。

 目視で調子の悪さを確認できてからは、餌の食いつきが極端に悪くなったので、冷凍赤虫メインで与えたりした。これも良くなかった可能性があり、そもそも冷凍赤虫を初めて与えたときに咀嚼モーションがおかしいように見えた。「餌のやり過ぎからの内臓疾患からの衰弱」かなと思った。

 水槽内での隔離のため薬浴は無し。アマゾンフロッグビットで光を遮断したり、乾燥/冷凍の赤虫を日によって交互に与えたりもした。4~5日ほどで「く」の字に折れ曲がった身体は元通りになり、隔離スペースを元気に泳ぐようになったので、隔離から3週間めにして解放した。

 ただ、このタイミングで水草たちの調子が悪くなり、いくつかは間引いたりもしたけど、これもまた良くなかった。翌日から水槽内の富栄養化がとんでもない速度で促され、壁にコケがじゃんじゃん生えた。アオミドロも久々に見た。全部ヤマトヌマエビが食べたけど。

 ビビッドな水質変化が認められたタイミングで、普段水換えをする日曜午前が来た。キャットは弱ってるけど、多少は換水しないと良くない。前日はそれなりに餌を食べてたし、1/4ならいけるか……と考えていたところで死んだ。私が水槽がある部屋とない部屋を行き来している間に動かなくなっていた。小さいプランターに死がいを置いて、水槽用のソイルを盛って固めて埋葬。

 いま考えられる死因は「内臓疾患からの衰弱死」であって、私による水草の導入/間引きのタイミング、水質管理がさらに悪さをしたな~と思っている。死がいを見る限り外部損傷はないし、「く」も回復していた。ポップアイもなく、白化に見えるのは照明との距離が原因なような気もする。とにかく覚えて、次のやり方を考える。不謹慎なのかどうかわからないが、この時間は私にとっておもしろいっつうか、悪いものではない。

 魚であれエビであれイヌであれヒトであれ、思い入れがあるものの死はいつだって衝撃だ。その体温や言葉まで思い出せるのなら、共有していた記憶を振り返ることもできる。魚とエビは体温もよく分からんし、声だって聞こえない。私と魚が共有できる記憶というのは、ほとんどないに等しい。

 それでも私は魚の死を悼むし、ため息だってつく。良くも悪くも「魚の死」は「人間の死」より立ち会う機会が多いから、ノウハウだってどんどん積まれていく。また「魚の死」は飼育下にある存在の死であるので、人間のそれとは異なる。

 死んでない魚を見て、「次からどうすればいいか」を考える時間は本当に良い。祈りとも違うし、ペットについて話すときによく言われる「相棒」「家族」としての付き合いでもない。長々と書いてきたように、死因を探り、それを解決することに正しさを感じている。飼育される魚にとっては迷惑かもしれないが、そこそこ心地良い場所を作れていると思う。捕食者とかいないし、たぶんアドある。おそらく。

 何かを好きになること、好きなものを失うこと、好きなものを失いたくないこと、好きなものを失わないためにできること、失ったときのことについて考える時間は、あればあるほど良い。これは相手が魚だろうとエビだろうとイヌだろうと人だろうと、同じだ。

 つうか、な~~~~んでこういうことをさあ、小学校のときに、大人が、教えてくれないのかなあ!! 教わったんだっけ? 私と社会は、本当に契約を結んだんだっけ? 私はいつだって学校に呪いを向けてしまうし、小学2年生のときに教室で飼っていたモルモットがクラス替えの後にどうなったのか、ずっと思い出せないんだわ。あ~あ。これはため息だな。

(2021/01/21 10:34)引き続き、就職活動をしていた。結局面談をやったのは、TOEICの点数(所有資格として書けるのってこれしかない)でゴリ押せそうな派遣事務と、なんかオフィスワークx2の3件。そのうちのひとつで、東中野へ行った。

東中野の話

 13年くらい前の私は、友達がいなくてバンドが組めなかった。かといってソロでどうこうする音楽にも興味がなかった。高校生のうちにライブを経験したくてたまらなくなっていたところ、インターネットで知り合った親切な人々に誘われて、東中野のライブハウスで開かれるイベントに出ることになった。イベント名はビートルズの曲名をもじったようなやつだった。

 その「インターネットで知り合った親切な人々」は本当に良い人で、私をよく気にかけてくれていて、むしろほんとかよって疑いたくなるくらい親切だった。そういうことを思い出しながら、面談ついでに駅近くをふらついてみると、なんとか信用金庫が見えてきた。その向かいにあったのが、件のライブハウスだったみたい。正直覚えてない。

 私が初めてのライブをする一週間ほど前、そのライブハウスでセッションイベントが開催された。下見がてら、イ知切人(以下、親切な人A・B)と一緒に参加するわけだ。よくあるブルースっぽいセッションなので、キーさえ決まれば、知らない人が相手でも結構どうとでもなる。ブルースという枠の中で好きなように歌って、好きなようにソロをとる。私の出番のとき、セッションの進行役をつとめたのはBenさんという外国人だった。

 Benさんはギターボーカル。アコースティックギターを抱えて、英語でいかにもブルースっぽいボーカルをとる。ドラマーは親切な人A。ベーシストは知らない男性で、彼も「こういうの初めてで」とのことだった。そして誰も英語を喋れない。ステージの真ん中まで行って、オリャ始めるぞってときに言葉が通じないのってあまりにも悲しいだろと思って、私はBenさんに「A」と言ってムスタングの6弦5フレを鳴らして、親切な人にテンポを合わせるよう頼んだ。たしか、そんな感じで始まった。

 ある日、親切な人Bが「あのライブハウスの近くにある銀行で、Benがギラギラした格好の女性に怒られながらお金をおろしていた」という話をしてきた。そういうことをなんとか信用金庫の前まで来たときに思い出した。

「あ~、思い出しているな~」と思いながら、おそらくライブハウスがあったであろう場所に辿り着くと、なんかステーキハウスみたいなものが近くにあった。別のハウスだ。本当にそうだったかな。ちょっといろいろ覚えてないけど、これってもしかしてTha Blue Herbで言う「最初のドア」というやつだったんだろうか。分かんないけど、とりあえず撮って記録することにしてみた。

 ここまで来ると「本当にそうだったかな~」の応酬だ。良い思い出も悪い思い出も、いまいちよみがえってこない。東中野は新大久保と中野の間に位置していて、それぞれの雑然さとカルチャーっぽさが薄まりながら混ざり合っているように見えた。よく分からない街なので、「本当にこうだったっけな、おれの思い出」という気持ちがどんどん増していった。

 そもそも、「人生で初めてのライブ」っていうのもあまり覚えてない。一部の界隈で大物扱いされてるらしいロックおじさんが偉そうなことを言ってきたのは覚えている。そのころの私はバイトの給料をエフェクターにALL INしていたので、ブースター(忘れた)→BD2→USビッグマフ→DD6→エレハモ空間2~3台と、足元がゴチャゴチャしていた。ワウも繋ぐ。各ペダルに推奨電圧と異なるACアダプタを繋げてたので、結構ゴチャゴチャだ。スーファミのACアダプタはすごくよかった。

 それが何かっつうと、「一部の界隈で大物扱いされてるらしいロックおじさん」とか言うやつが「いい音楽」について説教かましてきたとしても、それをありがたがる/ありがたがれるような高校生ではなかったんだ。あ~よかった。書いてるうちに、結構大事なことを思い出せた。うわ~~よかった。昔も今も、俺は人間が嫌いなんだな~~~……。

(2021/01/24 15:51)就職活動は終わった。予想どおり、だいたい2週間くらい。いや~~書いた。履歴書。話した、素直に。過去の。経験。フォトショイラレMS Office使えてTOEIC800点台ってもしかしておれって超有能なんじゃねくらいの自意識過剰はあった。その代わり「お世話になっております」とか「引き続きよろしくお願いします」とかそういう言葉のバリエーションをほとんど持たないし、基本的に人間と関わるのが苦手だし、ググれないときは何もやりたくないし、5時間くらい働くと精神と肉体が潰れる。普通のプレイングに飽きたときに作ったサブキャラみたいな性能だな。