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2020/11/18収録

高島鈴
今回は「cakes問題」をフックにいろいろ語っていきたいと思います。今回から、初回からエディターとして加わってくださっている早川さんが「CHAT! CHAT! CHAT!」のほうにも登場してくださってます!

早川
よろしくお願いします! 今はバリバリ書いてるわけでもないですが、一応フリーのライター/編集として生活してます。これまでALTSLUMではサイトのデザインをいじったり、編集っぽいことをしていました。

ワニウエイブ
cakes問題について軽く説明するところから始めましょうか。cakes自体なんなのか知らない人もいるでしょうし…!

高島鈴
そしてcakesというのは、いろんな記事が掲載されているプラットフォームで、noteというSNSというか、ブログのプラットフォームと同じ会社が運営しています。

cakes問題というのは、まずひとつには幡野広志さんという写真家の方の人生相談記事が10月に炎上したことがあります。

ワニウエイブ
そうですね。noteは「プラットフォーム」でcakesはより「メディア」っぽい感じですね。設立経緯やRTされる傾向からいってALTSLUMの読者層にはnoteは利用者や利用者だった人は多い気がしてます。幡野さんが人生相談する記事の中で、DV被害者の相談を「嘘だ」などと決めつけたんですよね。謝罪文も掲載されてます。

高島鈴
https://cakes.mu/posts/32035

こちらのお詫び文が出ているのですが、内容と問題点を簡潔にまとめると、DVに遭っていると判断しうる状況にいる女性の相談に対して、それを嘘だと断じるような回答をしたんですね。この時点でnote離れみたいな現象が起きていて、私もそのタイミングでnoteを退会しました。

ワニウエイブ
なぜそれが「note離れ」という行動になるのか、については今より後で触れたほうが順序としてはよさそう。

高島鈴
それから1ヶ月後、つまり今月ですが、今度はnoteの記事コンテストで賞をとってcakes上で連載になった、路上生活者への取材(という体裁で作られている)記事が炎上したわけです。

ワニウエイブ
https://cakes.mu/posts/31615

この記事ですね。結構多くの人が「これはやばいぞ」と感じたのか、かなりザワザワしてましたね。

高島鈴
私はちょっともう具合が悪くなりそうで、記事本文全部読むことはできていないのですが、主な批判としては、あまりにもホームレスの人々を「異文化」として扱っていること、自分たちが何かしらの満足を得るために社会的に弱い立場に置かれた人を利用しているように読み取れることなどが問題視されたのだと認識しています。読んでる途中で、ちょっとうわ……となってしまう感じの書き口です。

ワニウエイブ
そうですね、僕はざっと全文読みましたが、本人たち的に善意ではあるというか、なんだろうな、ポップに取り上げようという意識を感じます。その結果ポップでない部分は一旦全部無視しよう、となってるし、「ホームレスでもこんなポップなことできるんだ!意外!」っていう「何様なんだ」的な目線が入ってきており人によって具合悪くはなる文章かとは思います。

高島鈴
ホームレスの人たちを「おじさんたち」としてまとめて、ほとんど個人単位で扱っていないということも大きな問題ですね。女性ホームレスの不可視化、立場の弱さはそれ単体で大きな問題だし。

早川
良いか悪いかは別として、下卑たポップセンスだとは思うかな。テレビ番組的な。

ワニウエイブ
そうですね、全体として「妖精の国にいって妖精さんと話してきた」みたいな感じですね。このトーンで三年支援し続けてるってのがなかなかすごい。「テレビ的」っていうのはぼくも真っ先に感じました。放送作家的。

早川
まあいろんなテレビがあるので若干デカい喩えなんだけど、こういうの地上波には素朴に残ってるよなって。

高島鈴
テレビはもうしんどいですよね。見てられないことが多い。

ワニウエイブ
ぼくはもう5年? ぐらいテレビがない生活です。

高島鈴
人生相談の件から立て続けにこういう問題、他者について書くとき、他者の言葉を聴くときの手法がひどいものであった、という事件が起きているということは、構造上の問題なのだろうなとは思います。

早川
構造上の問題っていうのはどういう意味のですか? 俺はnoteユーザーじゃなかったので、そのへんどう見えてたのか気になってます。

高島鈴
構造上の問題、というのは、編集部が記事に対する監査をする立場としてうまく機能していない、という意味です。

早川
なるほど。一応自分も夏までは編集者として生活してたので、胃がヒリヒリする話だ。

高島鈴
会社自体に対する情報の取り扱いに関する信頼がなくなっちゃったというか。

ワニウエイブ
そうそう、個別にハチャメチャなこと言う人がいる、というのはプラットフォームである以上どうしても避けられないことではあるんですけど、ホームレス記事に関しては、「これに賞までやっちゃってるってのが危うい」というのがよく見る(批判の)視点ですね。

高島鈴
それは真っ当な批判だろうと思います。まあcakesってほかの出版社から出す本の試し読みとかもあるので、全部cakes編集部が編集しているわけじゃないんでしょうけども。

早川
そこはコンテンツもそうだし、「脳がそんなので大丈夫かよ」ってなるしね。

高島鈴
私が一連の事件を見ていてやはり気になったのは、他者について書く、他者のありようについて自分が代弁するような行為について、もっと敏感にならねばならないな、ということでした。

私はエッセイを書くことが多いのですが、やはり他人を登場させるときはものすごく気を使います。

ワニウエイブ
僕は、思えばほとんど「他者」が登場するものを書いたことがないかもしれない。怖いですよね。とくに喋らせたりするのは、事実であったとしても怖い。

早川
ワニウェービーの記事めちゃ見てたけど(編集として)、実地のインタビューとかあんまりしなかったもんな。実作業は半々くらいの比重だったし。

高島鈴
自分より明らかに立場が上である人に何か一言言っておきたいことがある場合は、一種の「告発」として勝手に書くことがあるんですけど、それ以外の場合は、ほとんど登場させないですね。親友に関しては許可とって書くときがありますが、それぐらい。

ワニウエイブ
インタビューはまじ文字起こしを整える程度しかやらないですね。誘導するようなテクニックもないし……。なるほど、親友っていいな!

高島鈴
インタビューもインタビューで難しいですよね。相手の言葉をいじるときはいつも緊張します。「整えないインタビュー」、社会学の質的調査とかだとありますけど、やっぱりweb記事だとどうしても「読むための文章」にせねばならないので、たぶん大部分の記事は、読者のみなさんが思っている以上に死ぬほど手を入れてます。

ワニウエイブ
編集することでどうしても文章に編集者の目線が入ってくる。それは暴力的なことになりかねないので気をつけねばならない、という共通理解みたいなものがある。んだけど、最近なんかなくなってきてるような気もする(怖)。

高島鈴
ていうか文章書くこと自体めちゃくちゃ権力じゃん、ってとこから始めたいんすよね。

ワニウエイブ
なるほど。

高島鈴
文字が権力じゃないですか、そもそも。

これ第1回でも話しましたけど、わかりやすいってことは権力に対する回路を開くことだから、何かを文字にするということは、権力に把握されうる状態にするということなわけです。

ワニウエイブ
本質論だ。テッド・チャンにそういう短編があったなあ……。(『息吹』収録「偽りのない事実、偽りのない気持ち」)

高島鈴
そして文字というのは、過去のことを把握可能にし、先の見通しを立てることも可能にします。こういうところが、穀物の収穫予測を容易にし、さらに税の管理を可能にさせて、国家権力の基盤になっていくわけですね。

ワニウエイブ
そうですね。「何かを人間の能力を超えて記録しておける」というのが文字ですね。

高島鈴
だからある意味自分について書くことも結構怖くはあるんですよ。過去の自分を一度固定する行為だから。いわんや他者をや、ですよ。

ワニウエイブ
記録された文章というのはその場での人間の判断よりも確実性が高いものとして扱われますからね。一般的にそうだし、たとえば裁判上で証拠能力があったりもする。

高島鈴
裁判というのはひとつ非常に重要なタームですね。前近代においても、民衆が文書を残していく大きな動機のひとつが裁判です。その背景には、やはり「上部権力に訴えるためには文字で書く必要がある」という背景がある。口頭で全部ことが済むなら文書に残さないですからね。

ワニウエイブ
「そのとき書いとかないと、あとでどんな適当なこと言うのかわからんのが人間だ」という理解があったのかな。まあともかく、記録する側の責任(後述しますが「責任」はあんま好きな言葉ではない)というのは、相応に重くなりますね。

高島鈴
そういうことだと思います。そこに関して、ライターとか、書き手は本当にいつも敏感になっていないといけないんだろうと思います。自戒ですねこれは。

ワニウエイブ
ホームレスの件も、執筆者の過去記事が掘られて「ホームレス人生ゲームの制作」とか、ひどいやつなんですけど。

高島鈴
ひどいですね。タイトルだけでひどい。

ワニウエイブ
たぶん今記事は消えちゃってますね、だれか魚拓とかとってるかもしれない。

高島鈴
まあ、読む意味もあまりないでしょう。おそらく問題は、記録することに対する意識が、基本的にあんま向かないようになってきてるな、というところで。

ワニウエイブ
とにかく、書いてしまったからには、いつかそういうこと(再発見されて炎上するようなこと)も起こるってのが「文字」というか「記録」の持つ力ですね。飲み会の席での雑談で「ホームレス人生ゲームっての考えててさ」と誰かが言ったのを同席した4人が聞いてたところで今再燃しているとは思えないので(もし自分がその場に同席してたら色々思うだろうなという感じはしますが)。

ちょっと外れる話ですが文字にして書いておくってのは呪いだったりまじないだったりもしたわけで(「呪文」とかね)、文字に縛り付ける力は昔は魔法のようなものだった。「呪い性」のようなものを認識せずに言葉を扱う機会は増えた、んだとおもいます。いつから、どのくらい増えたとかはわからないですが。

高島鈴
そういう状況で、まあわれわれは、文章を書く仕事をしていますよね。

自分は本当に世界の全てを文字でしか把握できないといっても過言ではないぐらい文字に依存した認知で生きていて、文字に起こさないと自分が何を考えているのか把握することもできないんです。

文字は権力ではあるんですけど、同時に自分のことを自分で知る、自分が何に苦しんでいるのか、自分がどういう状況に置かれているのか知るためには非常に有用なツールです。

私はよく初めて会う人に「何を使ってものを考えていますか」って聴くんですけど、それが私の場合は文字なんですよね。これが絵の人もいるし、映像の人もいるんですが。

ワニウエイブ
これもちょっと本筋からは離れるけど、僕個人としては「思考を文字にする」ということは無選別にやると危険を伴う行為だと思っています。いままさに思考の文字化をしながら何を言ってるんだって話だが。

早川
「思考を文字にする」って、依存する言語によって答えも変わりそうだなって思った。

高島鈴
まあそうですね、危険は常に隣り合わせだろうと思います。いやほんと、言語に思想は支配されがちであるというのは間違いないです。だからこそ自分に対してもなるべく批判的に見ておかねばならんのですが。

けっこう書き手としては、「私の言葉に騙されないでね」って思ってるところがかなりあります。私が書いたものは私が固定した世界像でしかないので、ひとりひとりに自分なりの世界の語りなおしをしてほしい。

ワニウエイブ
文字化する怖さとは「なんとなくおもしろかったな」と思った映画があったとして、その感想をブログに書くとする。書いてるうちに問題点が見えてきて、それを文字にしてると「あれ面白くなかったのかな?」となる。それを文字にしたが最後、その感想は覆りづらい、というようなことがある。

使用する言語によって性格が変わるのでは?的な話は結構読みますね。なんかどこまで信じていいのかわからないのでファジーに「そんなこともあるんだ」的に思ってますが。ぼくは結構「共感」みたいな概念が苦手で、ミュージシャンとしてはよく批判してました。

高島鈴
それはわかります。単純な例ですが、例えば一度「高校時代は楽しかった」と書いたとき、そこにあったはずの痛みが消えちゃうようなことですね。

共感は確かにあんま信用できない、ていうか共感ベースで話してると私は結構イライラしてしまいますね。私とあなたは違うのだが……?と思うし、同じであることを確認するコミュニケーションには意味をほとんど感じない……。

ワニウエイブ
ぼくたちが覚えてられることって、実はめっちゃ少ないんですよね……。

早川
これもまた別の話かもしんないんだけど、俺は思考をまとめるときは文字以上・音声未満の情報にしてます。ほぼすべて。

文字よりは音声寄りだけど、それは日本語じゃない。喋り日本語と書き英語を基盤とした自分語と呼べるもので、俺の脳やメモ帳、殴り書き用スペースが掲載先(メディア)であるために許される方法だなって思っています。それをアウトプットするのが自分にとっての「執筆」。

高島鈴
それ面白いですね。「自分語」があるというのはすごくいい。宇佐見りん『かか』を思い出しました。

ワニウエイブ
僕は文章化できない、とおもったらもういっそ文章化しないですね。とっておいたりもしない。歌詞書くときにメモつくったりするのやろうとしてたけど、1ページ以上ノートを使った試しがない(飽きてしまう)。

早川
だから「思考を文字にする」って言うのは、すごいことだけどフレキシビリティに欠けやしないかって危惧が少しありました。

字面以上にいろいろなやり方があって、みんな自分なりの良き加減をお持ちなんだろうと思うけども。
つうか、この流れで「字面」とか言い出すとややこしいな。

高島鈴
柔軟なツールでないことは確かだと思います。非常に形式的な世界ではあるし。

なんか、これはすごく印象深く覚えてるんですけど、一度提出した原稿に「文章がうまいせいで嘘くさく見える」と言われたことがあるんですね。

ワニウエイブ
ウオー、すごい話だな。でも感覚としてはわかる気がする。

高島鈴
これはなんか、別に自慢とかではなくて、うまい文章にしようとしちゃってる自分がやばいんだと思ったんですよ。その後ろめたさみたいなのは結構あったから、痛いところをつかれた、と思いました。

ワニウエイブ
「うまい文章にしようとする力学が本質を歪めているのではないか?」という危惧ですね。

高島鈴
一方では私は上手い文章を書けるからライターなわけで、じゃあどうしろっていうんだ、とも思って途方に暮れて、マジで虚脱したのですが……。

早川
分かるかもしれない。嘘くさい人と仕事するのは楽。メディアとコンテンツによると思うけど。

高島鈴
私はものごとに「本質」があると思っていないのでアレなんですけど、語るときの姿勢として誠実じゃなかったんだと思います。

ワニウエイブ
「上手い文章を書けるからライター」これはちょっといろいろあるぞ……!いろいろあるけど散らかるんでほっときます!

高島鈴
あ、そうですね。別に自分も文章書くしかないからライターになった、という感じで、そこはちょっと違ったかもしれないですけど。

ただライターとしてのベストを尽くすこと、というのが、ひたすら美しい文章を書くことや面白くて魅力的な文章を書くことそのものではないんだよな、と、今振り返って思うんですよね。

ワニウエイブ
そうですね。詩人ではないので。いや、詩人もそればっかじゃないだろうと思いますが(笑)。

高島鈴
詩の世界になってくると今度は芸術論みたいになりそうなので、ここでは置きましょう(笑)。

ワニウエイブ
話が拡散したんでちょっともどします。まあとにかく文字を使うっていうこと持つのエネルギーは思ってるより強い。

高島鈴
そう、本筋はそこでした。

ワニウエイブ
それをメディアとしてどう扱うのか、そしてどう扱ってはまずいのか、まずい扱い方をした場合どうなるのか、という。これは我々にも跳ねかえってくる話ですよね。

高島鈴
自分が何かを書いて発表するということにどういう責任を負っているのか、考え続けないといけないんですよね。ほんとに。

ワニウエイブ
そう、僕はあんまり「責任」というものが得意ではないので、よく自分の中で言い換えてるんですけど、責任とは「要件」のようなものであると思っています。

「これをするなら、この要件を満たしていないと、そもそもそれをする根拠自体が薄弱になってしまう」というような性質のものです。

高島鈴
ああ、それはわかりやすいかもしれないですね。

ワニウエイブ
ラッパーなら「他人をディスってアンサーを求めるなら、自分がディスられたときアンサーしないと、一環してない人間のように見える」というのが、要件です。それがおそらく一般的に「責任」と呼ばれているものですね。

高島鈴
応答責任=アカウンタビリティですね。いや、これずっと悩んでるんですけど、ほんとにTwitter上で応答責任求められてそれに応えてやりとりしていくの、無理じゃないですか? 応じたくてもTwitter上だと絶対いい議論にはならない。

ワニウエイブ
あー……無理ですね。これも本筋から離れることだけどTwitter上では要件の捏造みたいな詭弁がほんと日常的に用いられている。

早川
あーいや。意外と本筋に近寄りそうな気がする。

Twitterのようなメディアでの文字情報倫理が前提となりすぎて、cakes/noteのイヤさに繋がってると思う。

高島鈴
SNSが基盤になって「書き散らされた」言葉の責任ってどうなんの?っていうのは、もう問題としてでかすぎるしずっと議論されてますけど、明らかに今回のcakesの事件の背景ですよね。

ワニウエイブ
要件を満たしていない言葉、つまり(僕は嫌いな言葉ですが)「無責任」が力を持って流布する性質っていうのがありますね。

高島鈴
そゆことですね。これはSNSやってれば誰も無関係でいられないですよね。

そして誠実な批判もSNSでは拡散と書き散らしとストリームに流されてぜんぜん意味を持たない。

ワニウエイブ
たとえば、「これは不正投票だ」と訴える場合、そこには要件として「証拠」が必要ですが、なんかいつのまにかなくていいことになってる。なってんのか? でも実際力を持ってしまってるわけで……。いやまあだからね、なんというのか、難しいな

高島鈴
言葉が軽くなったというか、なんだろうなあ、実質的な=リアルな言葉というのが意味をなさなくなってきているのでしょうね……。

ワニウエイブ
リアルな言葉もそうでない言葉も等価なものになってますね。SNS上では。というかほんと、cakesが悪目立ちしただけで結構普遍的にどこでも起こってますよね、似たようなことは。それこそTwitterでも。

高島鈴
いやほんと、いくらでも見つかるでしょう。だからこそcakesのことはほんとに、緊張感持って考えないといけないことです。書き手として。

ワニウエイブ
そして、新たな「メディア」を立ち上げたものたちとして、ですね。「メディア」ってよくわかってないのであんま使いたくない言葉だ。

高島鈴
「場所」ぐらいの表現に留めておけばよさそう。

早川
そもそも場所がねーから作ったんだくらいの気持ちですよね。たぶん。

ワニウエイブ
ここを表現するとき、「場所」という言葉を使うようにはしてます。

高島鈴
書くこと、根本的に罪を背負ってるというか、誰も潔癖ではいられない領域なので、話し合うことに時間かけていい場所、結論出さなくていい場所があるっていうのが今めっちゃ大事ですね。Twitterはそれができないから。

ワニウエイブ
うん。Twitterも長期的に見たらいつか引き上げたいんですけど、ちょっとフリーランスでそれやるのは困難ですよね……。

noteも、僕は辞めるつもりだし高島さんはやめたし早川くんはやってないですが、「cakesクソだからみんな辞めろ!」というつもりは僕にはない、というか過渡期だと思うので、個人の選択で各々やっていったらいいと思います。そして「自分がそれを選択したのだ」という自覚を持つこと、も大切です。

高島鈴
SNSって他人の時間に乗せられちゃうことでもあるから、自分は自分の時間が流れる領域でものを考えたいな、と思っています。

時間っていうトピックが今自分の中でアツいので、こういう答えになっちゃうんですけども。

早川
俺はnoteとどっちにしようか迷ってMediumをやってたんだけど、それもなんかイヤでやめたんですよ。

自分の場所って自分にしか作れないから特定のプラットフォーム/企業に依存したくない。「不買」の終着点です。Word PressもWindowsも使うんだけど。

だからみんな、特定のサービスの手のひらの上でよくやっていられるなあって思ってます。正直言うと。

ワニウエイブ
オレは、なんだろうな……ちょっと「希望」の話をしますが。しぼんでく風船の中にいるのってエキサイティングじゃないじゃんって思う。

これからはもっと楽しいし、介入の余地があるし、自分たちで戦略を組み立ててやっていける、というほうが絶対によい。なので、今はけっこう楽しいです。

高島鈴
自分が何かして、それが自分の手で出ていく、というのは、単純に実感があっていいですよね。

あんまそこに価値を求めすぎるとまた能力主義っぽくなっちゃって嫌なんですが、まあどういうものであれ。

ワニウエイブ
もちろん他人にそうしろというつもりはないです、ぼくは「維持」が目的になると飽きちゃうので、拡大したいってのは性格の話ですね。

高島鈴
そういう意味では私、めちゃくちゃ文通が好きです(笑)。悩んでる人がいたら毎回文通勧めてる。無意味な文章でもいいから、自分が選んだ紙に書いて、自分が選んだ相手に送るというのは、けっこう楽しいです。

ワニウエイブ
僕にとっては一人じゃできない、というのが結構大きな問題だな……。でも楽しそうですね、興味あります。

高島鈴
送らなくてもいいんですよ。私も書いた手紙の8割は送ってません。他人を想像しながら手紙を作る作業が自分にとって大事なだけで。そこはZINEと近いですね。

ワニウエイブ
祈りだ!

高島鈴
ZINEがはやってるの、実際そういうでっかい商業的なプラットフォームに対するカウンターでもあるから、今の話の流れとも噛み合ってると思う。

ワニウエイブ
うん、言葉の呪い性というか、権力性についての話でしたが、うまく使えば、身を助けることもある、だから言葉やってくぜ!ってのはきれいな終わり方かと思います。

高島鈴
いるかもわからない、届くかわからない、あったこともない読者を想像して呼びかけることは、祈りだなと思います。呼びかけとして言葉をやっていってる、という意識が、結構自分の中にはあるな、と今思いました。書くことの暴力性は特に自覚して、それでも言葉をやっていくしかない。

ワニウエイブ
うん、気をつけるべきは気をつけて、自覚的に扱うことが重要だとおもいます。プラットフォームの選択についても、同じことが言えるかと。

高島鈴
話しかけたいですもんね、いろいろ障壁あっても。そうじゃない人もいるでしょうが……私はそう。という感じです。

今回はこんな感じでしょうか?あと話しておくことあります?

ワニウエイブ
あ、ほんと見たくなかったらホームレスの記事とか見ないでいいので!自衛しましょう!というのはつけておきます!

高島鈴
それはマジでそうですね。

ワニウエイブ
Twitterは無神経に心を抉るようなもので溢れているので、気をつけてください。それでも全部見て問題を把握してやろうってのは、誰もがすべきことだとは思いません。

早川
代表者のつもりはないけど、ALTSLUMが目指すところや考えているところをこの回で再度告知するのは大事かなと思います。noteでもTwitterでもない場所でやる理由というか。

少なくとも我々3名は「人から届けられた文章をチェックして公開する」っていう、機会さえあれば超暴力的になれる機能を持ってるわけじゃないですか(ALTSLUMにおいて)。

そこについてどんな精神を持っているかっていうのをもって、noteやSNSとの差異を明確化したいです。

https://note.com/notemag
これまた話長くなりそうだから気をつけたいんだけど、cakesどころかnoteの「編集部」という概念にはびっくりしてます。生活にまで干渉してくるうるせー大家みたいに見える。

高島鈴
自分としては最低限(私にとっての最低限なので、恣意的な基準ではあるでしょうが)、誰かを傷つける可能性を持つ表現がないと判断できればいいとは思っています。問題のある表現が出てくる文章を考えるときにも、ここではあんまり一方的に「チェック」して突き返すというより、対話で問題の有無を検討したい。

ワニウエイブ
そうですね、僕が言えるのは、「公開できると僕が判断すること」にはおそらく一貫性がなく、そのときそのときで場当たり的に判断すると思います。これめっちゃ独裁的ですけど、究極的にはこうとしか言いようがないから言ってる。ALTSLUMはプラットフォームではなく、(現状では)あくまで個人/グループブログの延長線上でプラットフォーム的な参入可能性についての「実験」をしているという認識です。だから僕のnote記事とか連載の移植みたいなのもやってる。

その上で、もし誰かが何かを書いてくれるなら、できるかぎりは(文法の誤りや誤字を発見したら直しますが)全き姿、そのまま載せたいと思っています。問題があると判断したら、そのつど話も聞きながら。

早川
対話で編集はいいっすね。すべてにおいてそうありたい。

高島鈴
私の立場で言うのは乱暴かもしれないけど、合意形成しながら公共を考える場所になったらいいと思ってます。

早川
自分も手を加えるとしたらそれは最低限に留めますし、気になったらその都度意図を問いかけます。加筆修正はそのあと考える。

それ以外は特にルールはなく、よほど誰かを傷つける内容でなければ、特定の主義・思想にかかわらずすべてのコンテンツを掲載までもっていきます。

高島鈴
それで良いと思います。

早川
という感じに3人ともだいたい似たような考え方なので、「たぶんなんでも書けるぞ」「どの村でもない場所だぞ」という認識が、このチャットをご覧になっている方々にも届くといいなと思います。

ワニウエイブ
なんだろうな、うっすら「これはALTSLUM的であるかどうか」を(こちらから提示したり強要することはないけど)書く人も持っていてくれたらよいなとは思ってます。美学の問題というか。

美学って他人と共有することが不可能なのでしませんが、あったほうがいいものですから。「ALTSLUM的」とはなにかを言語化するつもりはないです。というかまだそんなもの存在しないので、みなさんと一緒に作っていければ、と思います。

最後に今回から観戦者のチャットが見れるんですけど、とてもおもしろかったです。ありがとうございます。チャットの感想まとめみたいなのも後日まとめたりできたら面白いな。

早川
あと、「ALTSLUM」というサイト名が最初は「TXTDRVN(テキストドリヴン)」になりそうだったという話もサラッとしておきたい。

文字や文章にフェチズムに近い感情を持っている3人が立ち上げたので、もしALTSLUMに明確なベクトルがあるとすれば、これですよね。

ワニウエイブ
個人的にはTXTDRVNという名称は結構気に入っててグラフィカルにもカッコいいんですけど(ぼくがつけましたが)なぜ変更したかというとテキスト以外も今後取り扱いたい、という意思があったからです。そうなると「テキストドリヴン」ではなくなってしまう。

僕としてはこの「CHAT! CHAT! CHAT!」に代表されるように、誰か一人の統一的な思想に寄らない、「目線」が多数含まれるもの、というのがこの場所のコンセプトであり、ベクトルです。SLUMという場所を想起させる名称にしたのはたぶんこういうコンセプトを前に出したかったからなんじゃないかな(自己分析するの恥ずかしいですが)。なので、みなさんの視線に晒されることはほんとうにありがたいです。これからも、見て、時には文句つけていただけると幸いです。

高島鈴
そですね、私はあんまり同じ意見の人と共感しあうみたいなコミュニケーションは好きではなくて、議論しても険悪にならない状況で議論するのが好きな人間なので、意見が違う人がいっぱいきてくれたらうれしいです。

早川さんもワニウエイブさんも私も、違うところはめちゃくちゃあるはずだし、そもそも私はお二人にお会いしたことすらないから、今後いろいろ考えの差異についてこのサイトで確認しあっていくことになるはずだと思います。皆さんとも楽しく「わたしとあなた」の間にある差異について話し合えればなって感じです。

ワニウエイブ
会わないですむの、インターネットの最良の部分ですからね……!

高島鈴
ネットは広大なので、その片隅でいくらでも会えます。