花を気持ち悪いと思う。
こういうことを言って共感を得られた経験はまずない。花は美しいものだという認識が多くの人の間で共有されていると思う。しかしその美しさと同じくらい、私にとって花は気味の悪い存在である。こんな人間もいるんだと思って読んでほしい。

初めてそれに気づいたのは何かのお祝いに人から花を頂いた時だった。
花を飾る習慣がないため当然ながら花瓶を持っておらず、空いたペットボトルに水を入れて生けた。ものすごく不恰好だったが、たまにはこういう彩りがあるのも良いものだなぁ、とキッチンのシンクの横に置いた水色の花を数日眺めていた。しかし問題はそこからだ。ある日ふとその花を見ると、花びらは乾燥し茶色く褪せて剥がれ落ち、真ん中のツブツブした部分からは触覚のような何かが何本も伸びている。ショッキングな光景に肌が粟立った。私は花瓶(ペットボトルだが)の中で枯れていく花を生まれて初めて見た。

「い、生きてる………」

いや生きてるわけない。そんなことはわかっている。生きているように見えることが問題なのだ。ペットボトルの中で干からびながら必死に雄しべを伸ばす花の姿は、あまりにも生きていて死んでいく生き物の姿だった。

それからというもの、花、特に切り花を見ると怯むようになってしまった。奴らは生きてるんだか死んでるんだかわからない。しかもそもそもが奴らは生殖器官じゃないか。色鮮やかな生殖器官をびらびらさせて、気持ち悪すぎるだろう。もう一度言うが彼らが意思を持った生き物でないことくらいわかっている。そう見えてしまったらもうアウトなのである。

同じ理由で、冷蔵庫の中で芽を伸ばしている玉ねぎとか、切り口が人の顔みたいに見えるピーマンなども鳥肌モノだ。自分なりに言語化してみると、意思を持たない有機物に意思や正気を感じてしまう瞬間が無理なんだと思う。でも、この感覚はもしかしたら人が花や植物を美しいと思う感覚と案外根っこ(植物だけに)は一緒なのかもしれないとも思う。

有機的なものが気持ち悪いという感覚。これは厄介だ。この感覚が強まるといつか野菜も肉も受け付けなくなり、有機物としての自分の存在自体が気持ち悪いということになるので結構困ったことになる。どうかそんな日が来ないことを祈っている。