今住んでいる賃貸アパートは2年契約で、つい先日契約更新の手続きをした。
私は契約の類が苦手だ。なぜなら私は常日頃ほとんど未来のことを考えずに生きている。中長期的な目標を立ててそのための計画をコツコツ遂行するような頭の使い方が私はすごく苦手で、たいてい目の前の出来事への対処を瞬発力でこなし、それらが積み重なった結果が今、というような生き方をしている。
契約は未来の自分を約束しなければならない。2年後の私が何を考えてどう生きているのか私自身さっぱりわからないのに、同じ場所にこれから2年暮らし続けることを約束するのはすごく窮屈で気が重かった。引越す予定が今あるかどうかに関わらず、ある日ふとそうしたくなったときにできない状況にあるというのが嫌だ。そういう可能性を捨てなければいけないのが嫌だ。嫌だなぁと思いながら、先立つものもないので渋々契約を更新してしまった。

私は結婚にも魅力を感じない。家父長制滅ぶべしというのは前提として、生涯一人の相手以外を愛する可能性を絶つなんて私には約束できそうにない。私が責任を持てるのは、過去のある時点から今現在まであなたを愛しているという既に発生している事実のみだ。明日の私の気持ちなんて私にも推測しかできないし、それを今決定しろというのは無理がある。(でも婚姻制度という福祉が存在する以上、私がそれを選ばない自由と同等に誰もがそれを選ぶ権利を保証されるべきなので、同性婚は認められなきゃおかしいです。念のため)

こう書くとものすごくフワフワした軽薄な人間みたいだが、みたいではなく私にはフワフワして生きていきたいという強い意志があるんだから当然である。私は私のようなフワフワ人間がフワフワした心のまま気持ちよく生きられる社会を望んでいる。
私からすれば、この世は人の気持ちや意志や主義や思想が強固で、一度決めたら変わらないものであることを前提とした仕組みが多すぎる。そもそも自分で決めたわけですらないのに変えられないことだって多い。どの土地に住むか、どう生きる糧を得るか、何が好きか、誰と一緒に暮らしたいか、それが男なのか女なのか、そういうものはそのときそのときの自分に合ったものを、誰からも理由や目的を詮索されたり咎められたりせずに選びたい。そういう意味で、未来の私は可変でフワフワグニャグニャしていたい。

それに未来の自分を約束することは即ち誠実なことなんだろうか。約束しないということはいつその状態が変化するかわからないということで、つまりはキープしようという働きかけがなければその状態は続かないということだ。例えば私が誰かといい感じの関係を築きたいと思うとき、決められっこない未来をあらかじめ約束してしまうより(だってそれは嘘だ)、フワフワしながらいつもいい感じを継続するための力が働いている関係の方が誠実なんじゃないかと思う。

だから私はできるだけ新しい約束をしたくない。守れない約束はもちろん、守りたい約束ならなおさらだ。大切なことほどあらかじめ約束せずに、いつも自分の意志で選択し、それに納得していたい。そして常に未来の自分が変化する可能性を保持していたいし、そういう可能性を一つでも多く許容する社会であってほしい。未来に縛られずフワフワと生きるのは容易ではない。社会が無数の未来を持つことでようやくフワフワ人間がフワフワ生きられる。
我々フワフワ人間の志は高く先は長いのだ。