映画「シャドウ・イン・クラウド」
クロエ・グレース・モレッツ(Chloë Grace Moretz)演じるモード・ギャレット空軍将校はB-17爆撃機の球状銃座(ボール・ターレット)にひとり閉じ込められている。他の男の乗務員からは卑猥なジョークのネタにされこれまでの仕事は評価されず何か反論すればヒステリーあつかい。窓の外には巨大なネズミのような怪物が機体を切り裂き、さらに日本軍のゼロ戦が追ってきているというのに。
シャドウ・イン・クラウドはロザンヌ・リャン(Roseanne Liang)監督・共同脚本のジャンル映画だ。モード・ギャレットは軍上層部から最高機密の入った鞄を託されニュージーランドのオークランドからサモアに飛び立とうとしているB-17爆撃機に乗り込むのだが機体は不自然なトラブルにみまわれモード自身も大きな暗い影のようなものが翼の下にとりついているのを目撃する。
本作は83分の上映時間そのものやジョン・カーペンターをリスペクトしたマフィア・ブリッジマン=クーパー(Mahuia Bridgman-Cooper)の音楽、空を飛ぶ飛行機のさらにボール・ターレットという限定空間でのスリラーとジャンル映画としての矜持がたっぷりつまった作品だ。また舞台は第二次世界大戦だがかつて存在し今も存在する女性差別を明確に描いていることはストーリー構造やビジュアルでもって明確に表現されている。
しかしここで言及しなければならないのが本作のオリジナル脚本家であるマックス・ランディス(Max Landis)だろう。彼は本作が制作に入る前に8名の女性から精神的・性的虐待で告発されている。リャン監督や主演のモレッツは彼がプロジェクトの初期から離脱していて脚本のリライトが大幅に必要だったと語っている。実際リャン監督は共同脚本としてクレジットされている(全米脚本家組合の規定では50パーセント以上の描き直しでクレジットされるらしい)。オリジナル脚本(外部リンク)から本作を見直すと大筋はかなりそのままだが一番異なるのは男性キャラクター達ということに驚く。完成した映画ではそれぞれの男性キャラクターが際立ち、厚みをもって描かれている。モードに対する女性蔑視な態度は初期脚本から弱まることなくしかし、ある者は今際の際には正直に謝ってみせたり(しかしモードには届かない)、最も激しく女性嫌悪を露わにしていた者が身体を呈して怪物とモードとの間に割ってはいったりもする(それは彼の家父長的な考えからくるとも考えられるんだけど)。これは重要な点だ。Aを語ろうとする時に反Aをうすっぺらく描いたらAも白々しいものになるだけだ。
マックス・ランディスが最初に脚本を書いたという理由で本作を観ないという選択は尊重されるべきでそれでいいと思う。自分も本作で描かれることとの落差をまだ飲み込めてはいない。だが映画脚本はそれだけでは自立した存在ではない。そこからどう作るのかが重要だ。本作でロザンヌ・リャンやクロエ・グレース・モレッツ、あるいは他のスタッフかもしれない誰かが、男たちや醜くグレムリンと呼ばれる怪物に追い詰められ空戦中の爆撃機の腹についている狭いボール・ターレットに閉じ込められたモード・ギャレットがその檻を破るのを映画にしなければと思いそして実際におもしろい映画を作ったという事実の存在をオレは誰かに伝えたかった。
最後にひとつだけ、ボール・ターレットに閉じ込められたモードと他のクルーは無線で大半をやりとりをするのだけれど(視点はモードに固定されていて相手の顔は見えず声だけヘッドセットを通じて聞こえてくる)、字幕だと誰が喋っているのか非常に分かりにくい。孤立したモードの状況とキャラクター達の描き分けをしているところでもあるので字数制限もあるとは思うけれど字幕を工夫してほしかった。
シャドウ・イン・クラウド(Shadow in the Cloud)
監督:ロザンヌ・リャン
amazon prime video 他各種配信サイトで配信中(2023年10月)